御巣鷹山へ

登山前に行った慰霊の園

たった今、御巣鷹山から帰ってきた。私の中でずっと引っかかっていたことにやっと区切りがついた感じだ。宿泊した宿ではたまたま関西からご親族のお参りに来られた方たちとご一緒した。宿の大将が事故当時のことを色々と教えてくれた。

あいにく今日は雨だったが、私たちが登るときには雨はほとんど降らなかった。登山口から行きは50分ほどかかる。聞こえてくるのは川のせせらぎ、滝の音、雨の雫が落ちる音。なんて美しいんだろうと思いながら、尾根を目指した。かなり勾配はきつかった。もうそろそろ尾根に近づいて来たというところに山小屋があった。そこでは「JAL」というジャンパーを着た5人くらいのおじさん達が慰霊登山に訪れた人々を温かく迎えてくれた。この3日間そこに寝泊りしているようだった。手作りのとても美味しい豚汁をご馳走になった。豚汁を食べながら、こうしてずっとこの山に関わってきている関係者の方々に頭の下がる思いであった。

あれから20年。歳月は色んなものを変えていく。緑も確実に増えている。しかし尾根に並ぶおびただしい数の慰霊碑たちと焼けた木はどれだけあの事故が悲惨だったかを物語っていた。私は目を閉じて手を合わせながら色んなことを亡くなった先生方に報告した。そうしたら、先生方が順番に現れて、「ようがんばっとーよ、お前は。」「お!元気そうやな!」「ほんとにここまでよく来たわね、大変だったでしょう?」という3人の先生方の声が聞こえた。私には霊媒能力などないけれど、確かにはっきりとしたイメージと声が伝わってきた。やっぱり涙が出たけれど、私は懐かしさと感謝の気持ちで一杯になった。そして一日一日をしっかり大切に悔いのないように精一杯生きようと誓った。

生きているのには意味がある。生きるのは大変だけど、それでも生きて色んなことを学ばなければいけない気がする。事故や悲しい出来事は必ず何かを私たちに教えてくれる。

たくさんの人が尾根を目指し歩いた道は登りやすいように整備されていた。遺族でなくてもたくさんの方々が慰霊登山をしている。そうしたみんなの優しい気持ちは、きっと亡くなられた方々の魂にも伝わっていることだろう。御巣鷹山に勇気がなくて今まで行かなかったけれど、私は今回の旅で色んなものを頂いた気がする。ありがとう。本当にありがとう。そして文句も言わずに私と一緒にこの登山につきあってくれた夫にも感謝します。ありがとう。